刺繍 縫-nui-“代表”吉岡 亮兵さん
ダンディ店長を探せ!:Vol.19 刺繍 縫-nui-“代表”吉岡 亮兵さん
今回ご紹介するのは、刺繍家、DJ、ウラカシ百年会 会長という多様な肩書をお持ちの、
刺繍 縫-nui-代表 吉岡 亮兵(よしおか りょうへい)さんです。
“音と音をつなぐように 糸で人と人をつなぐ”をコンセプトに2015年、千葉県柏市にご夫婦で刺繍屋として店舗を構え、現在では洋服の名前、帽子、ワッペンからアート作品まで、様々なオーダーを受けるかたわら自身の刺繍作品を作成。個展の開催やギャラリー展示を行っています。
“自分たちにしか生み出せない刺繍”を求め、妥協を許さず日々追求し続ける刺繍家としての一面、音楽、柏のまちに対する想い、
そして2人のお子さんを持つ父としての素顔にも迫ります!
静岡県浜松市出身の吉岡さんは、5歳からピアノとサッカーを始め、高校はサッカーの強豪校に進学。
在学中はJリーガーを目指しサッカー一筋の毎日を送りましたが、プロの壁は想像以上に高いと感じ、あるとき吉岡さんは思ったといいます。
“グレてみよう”と…。
吉岡さんと、息子 亮空(りょうあ)くん(写真左)。
―サッカー漬けの生活から一転して“グレてみよう”だなんて、思い切りましたね!どんなグレかたをしましたか。
吉岡さん「チーマー※みたいな人たちとつるむようになってから、深夜のクラブやディスコに行くようになりました。音楽が好きで、誰よりも早くクラブで新しい音楽をかけたくて、深夜バスで渋谷までレコードを買いに行ったりもしました。」
※チーマー…1980年代後半~1990年代前半にわたって東京、渋谷センター街を中心に目立った、集団でたむろする不良少年少女。
―その中でDJとの出会いが?
吉岡さん「DJ一人がかける音楽に対して何百人が踊っているのにすごく感動して…かっこいいなと思ったのが高校2年生でDJを始めたきっかけですね。ヒップホップのDJが雑誌などで取り上げられるようになってから東京への憧れもあって、卒業したら上京しようと決めていました。卒業後は都内の音響専門学校に入学したのですが、その時点で2年くらいDJをしていて、学校で習うことと現場で学ぶことの差が激しくて半年で辞めてしまいました。その後は週10件くらいクラブに通ってとにかく経験を積みました。」
プロのDJとして倖田來未、傳田真央などのツアーDJや、海外の有名ミュージシャンのライブやレコーディングにも参加。
現在も様々なイベントで活動中。店舗内に作られたDJブースからは、吉岡さんの人生が常に音楽と共にあることがうかがえます。
「ここは100%工場なんですが、いい音の中で楽しみながらいい作品を作りたくてこんな形になりました。」と吉岡さん。
―DJとして活躍していた吉岡さんが、なぜ柏で刺繍屋さんを始めることになったのでしょうか。
吉岡さん「実家が刺繍屋なんです。なので、小さい頃から作業の様子は目にしていました。まさに今のこいつ(息子 亮空くん)みたいに。両親は僕がDJに夢中っていうのもわかっていたので家を継げって言われたことはないし、僕も継ぐ気はなかったんですが、今思えばどこかに“自分にも刺繍屋ができるかな”って気持ちはあったのかもしれません。都内で出会った、千葉県柏市が地元の奥さんとの結婚を機に柏へ来ました。2人目の子供ができて、収入を増やしていかなければいけない中で、音楽を始めて20年。ファッションブランドを立ち上げている人たちとのつながりもでき始め、刺繍の仕事がくるなというのが見えてきたんです。それで刺繍屋を始めました。」
工業用刺繍ミシンが並ぶ中、さりげなく飾られた刺繍作品や糸は芸術的な美しさでまるでギャラリーのよう。
―お店について教えてください。
吉岡さん「注文はオーダー制です。プレゼントのメッセージやスーツの名入れなど個人のお客様のおひとつのご注文から、アパレルや雑貨ブランド、地元学校の制服の名前や校章までさまざまお受けしています。ほかにも、野外でその場で刺繍しますというイベントを開催したこともあります。刺繍でいろいろ遊んでもらえたら嬉しいです。」
さまざまな刺繍が施されたキャップがずらっと並ぶ。
―柏のさまざまなお店で縫さんの刺繍を目にしますが、(Vol.8でご紹介したWARMTHさんにも縫さんの作品が)受賞された作品もあるとか…
吉岡さん「元々音楽で参加していた渋谷芸術祭のSHIBUYA AWARDSで、2015年に初めて刺繍作品を出展し、優秀賞をいただくことができました。テーマが“渋谷”だったので、この刺繍、実は渋谷の地図になっているんです。」
渋谷芸術祭創設“SHIBUYA AWARDS”2015年優秀賞作品。
作品上部緑色の部分は代々木公園。渋谷駅、山手線も表現されている。
―作品のアイデアはどのように生まれるのでしょうか。
吉岡さん「糸くずがたまったときに“すごく綺麗だな”“何か見せるものにできないかな”と考えて、布の上に糸くずを山にして、そこから叩いたり押さえ込んで縫っていく方法を思いつきました。元々表現が好きで、音楽も刺繍も僕にとって自己表現なんです。」
―モットーを教えてください。
吉岡さん「楽しむことです。楽しんでいる姿を見せるのが僕の子育てでもあります。刺繍もDJもまちも、みんないつも楽しそうだねって子供に思ってもらえるのが一番かなって思います。」
“子供たちが自由にいられる空間を”と、工場の裏には子供部屋を作成したんだとか。
工場の中はいつも笑い声が絶えません。
「“パパたち楽しそう!”と思ってもらいたい。」と吉岡さん。
子供たちの成長に日々、力をもらえるそう。
―吉岡さんが会長を務める、ウラカシ百年会※について教えてください。
吉岡さん「柏二番街商店会 会長の石戸新一郎さんに声をかけていただいたのが発足のきっかけです。会名に“百年”とありますが…自分の子供や近所のお店、お客さんの子供が一緒になってここで遊んでいるのを見ていると、この子たちが育っていく街だから、これから先も絶対にかっこいい街であってほしい、そういう街にしなくちゃって思うんです。綺麗ごとなしに、自分たちの店が儲かることはみんな考えているわけで。その中でも、それぞれがやりたいって考える楽しいことを、ときには共有していい方向に持っていければと思っています。なんといっても個性的な人たちの集まりなので、常に全員をまとめようなんて考えていません。でも、誰かがこういうことやりたいんだよねって言ったら耳を傾ける。常にまとまって動いていなくても、そんなふうにしていけたらと思っています。」
ウラカシ百年会のロゴが刺繍されたタペストリー。
※ウラカシ…“裏の柏”の略。古着・洋服屋、雑貨屋、カフェなどが集まる、柏駅東口の旧水戸街道を中心とした柏駅から少し離れたエリア。
※ウラカシ百年会…2017年11月発足。柏で商売をしている人、柏に興味関心がある人を中心に構成された商店会。現在約30店舗が加盟。
―今後の目標を教えてください。
吉岡さん「オリジナルブランドを作ることと、常に追求していくことです。どうやったのかわからない刺繍や、すごくきれいな刺繍を見ると、“作った人たち全員を越えたい”って、創作意欲をかきたてられます。日本の最新も、世界の伝統的なものもひっくるめて誰よりもすごい刺繍がしたいんです。以前、画装職人さんに言われたんです。“客が満足してる程度の仕事をしていてもダメだ”って。なるほどなって思いましたね。刺繍一文字でも、自分が納得いくまでやり直します。誰でもできることしかやらないんだったら別に刺繍屋やらなくていいかなって。“うちにしかできない”がいい。刺繍を見た人に、“これ、縫さんの刺繍だね”って言われるようになるのが目標です。」
店内でひときわ存在感を放っていたのが、吉岡さんがお父様から譲り受けた横振りミシン。
横須賀市発祥の、一点ものの“スカジャン”に施される刺繍は主にこの横振りミシンから作られていましたが、
大量生産からなる作業の効率化でコンピュータミシンが主流となった今、使いこなせる職人さんはごくわずか。
最近では鉄くずとして廃棄されてしまうことも多いといいますが、吉岡さんのお店では現役として活躍中。
横振りミシンで刺繍された温もりを感じる蝶々。「このミシンにしか出せない味があります。」と吉岡さん。
父から子へ。その想いと技術は受け継がれていきます。
以下、お店の基本情報です。
刺繍 縫-nui-
〒277-0005 千葉県柏市柏3-8-17 グランモール千代田101
☎04-7197-4774
※オーダー、お見積もり等のご相談はメール、お電話にてお問い合わせください。
掲載情報は2019年1月15日の取材時のものです。
掲載内容が変更になる場合もございます。あらかじめご了承ください。
取材・執筆:小島 眸 撮影:児玉 啓